「二人」の恋愛から「家同士」の結婚へ
みなさんは、既にご結婚はなされていますか?と聞くと今の世の中あるいはセクハラになってしまうかもしれませんね。昔であれば結婚というのは非常に一般的なもので、男性にしろ女性にしろ、三十歳になるころには結婚して家庭を持っているということがほとんどでした。しかしながら、最近では結婚に対する意識というものはかなり変わりつつあるようです。その結婚の意識の変化に大きく関わったのは、大きく2つの原因があると言えるでしょう。1つには、「男女平等参画社会の推進」そしてもう1つには「家具家電の発達」です。では、なぜこれらのことが結婚に対する意識の変革につながったのか、ということをざっと見てみましょう。まずは男女共同参画社会の推進についてです。高度経済成長期を経た日本の企業は、多くの場合において男性社員を優先し、女性社員についてはそれほど重用してこなかったという歴史がありました。しかしながら、これらのある意味では「男女差別」といえる状況ではいけないということで主にフェミニスト団体によって男女共同参画社会の必要性が提唱されることになります。これは要するに、社会において男性と女性が担う役割というのを平等なものにし、あくまでも能力でもって社会に貢献してもらおうという政策です。これによって、従来であれば「ダメな男性」と「有能な女性」であっても前者が採られていたような状況が打開され、実際に能力のある女性についても重用されるようになってきました。同じ能力を持っているのならば、勤務体制や給料にも差を付けてはいけないという条件もつき、今までのように男性が経済を支え、女性が家計を握るという役割分担が必要ではなくなったのです。これによって、従来は男性による経済的支柱を必要としていた女性は減り、逆に言えばそういった目的以外に結婚意識の無い女性たちは結婚をしなくてもいいという価値観になってきています。しかし、この男女平等参画社会において、逆に行きすぎてしまったために不平等となっている場合もあるようです。就業率について男性と女性が極力平等でなければならないという意識からか、「有能な男性」と「ダメな女性」であっても「ダメな女性」が採られるという場合も発生していることによって、今度は男性に対して不信感が募って着ている状態です。それに加えて、就業状況については男女共同参画社会化によって改善されているのに反して、人々のジェンダー意識というのはソレほどまでに男女平等には近づいていないという状況であることも特筆すべき自体です。例えば恋愛関係においても、食事の支払い、デートの支払いは男がするべきだ、といったような「経済」について男性に求める傾向は未だに残っていたり、逆に男性側からは「女性は家庭にはいるべきだ」という考えを未だに持っている人は少なからずいるため、両者のすれ違いというのは非常に軋轢を生んでいると言っても過言ではないでしょう。そしてもうひとつの原因としてあげました「家具家電の発達」についても見ていきましょう。今度は女性側からではなく、男性側から見た「結婚しない理由」になります。かつての結婚に対する意識として、女性が男性に「経済的支柱」の役割を求めていたとするのならば、男性は女性に「家庭的支柱」を求めていたということは間違いありません。それというのも、男性は外でバリバリ働くから、そのかわりに女性には家庭の中のことをやってもらいたい、という役割分担意識です。これについては男女共同参画社会についてでも既に見たように、女性の就業状況が改善されて来たことによってかなりその状況が変わりつつありますし、それに加えて家具や家電の発達というのも大きな影響を与えています。つまりは、今までは仕事と家事、両方をやっていくというのが難しかったがために、男性は女性に対して家庭に入ってもらうことを望んでいたのです。しかしながら、現代において家事の大変さというのはかなり軽減されました。過去昭和の時代においては全て箒と雑巾を使わなければいけなかった掃除は掃除機で手軽にできますし、今ではなんと自動掃除機なんてものまで登場していますね。洗濯についても、手洗いや二槽式の入れ替えなどの手間は必要なく、洗濯物と洗剤を突っ込んでスイッチさえ入れれば乾燥までしてくれるという高性能な洗濯機も少なくありません。水まわりの仕事だって、今では食洗機なども一般的になりつつあり、食器洗いもさほど苦ではなくなっているのです。食事の支度も、レトルトや簡単な料理が非常に多く増えているため、それほど苦にはなりません。こうなってきた時に男性からすれば当然、「別に家庭に入ってもらう妻は必要ない」と思うでしょう。そのため、このような目的のために結婚したいとおもっていた男性はいなくなり、それはそのまま結婚率の低下にも直結していると言えるはずです。こうした社会状況がありながらも、それでも結婚する、という人はもちろんいないわけではありません。しかし、この「結婚」それ自体に対する意識というのも、最近では変化が訪れているようです。古来から、結婚や結納というのは、即ち親の籍を抜けて新たな籍となり、1つの家庭を作るという儀式でした。つまり、この結婚は当人同士の二人だけで行われるものではなく、両家との関わりを考えなければならない「家」と「家」同士のシステムだったのです。これは何も日本だけにおけることではなく、ヨーロッパの大悲劇の1つとして知られているシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』などにも描かれていますね。ロミオとジュリエットは、恨み合う家に生まれたために結婚が許されなかった、ということをベースとした話になっています。しかし最近では「家」という制度にたいする考え方が変わってきています。古来日本において「お家」というのは何よりも重要な1つの要素でありましたが、ここ最近の日本においては親から見ても、子供から見ても、そこまで重要な要素ではなくなってきているようです。そのため、子供からすれば「親が反対しようが、家が反対しようが関係ない」という考えが生まれますし、親からすれば「子供の選んだ相手ならば口は出さない」というような考え方が生まれてきました。家制度の希薄化は、それ自体が必ずしも悪いことであると断ずることはできませんが、ココに来て「結婚」というシステムそのものが変化しつつあるということは知らなくてはいけないことなのではないでしょうか。とかく、このような原因によって結婚というのは「家同士」のシステムから、あくまでも「個人同士」のシステムとして変貌しつつあります。そういった意味では、かなり自由な結婚というのがよくみられる様になってはきました。しかしながら、これらのあまりに自由な結婚に対する考え方というのが、どの世代にも、どの人間にも受け入れられているのかというと、決してそうではないのです。あくまでも、結婚というのは重要な「家同士」の取り決めであるという考えを持っている人は、未だに親にも子供にも多く存在していることでしょう。本人同士はそれでよくとも、親同士は必ずしもその限りではありません。確かに結婚の法律上、成人さえしていれば本人同士の許諾によって結婚をすることはできます。しかしながら、それまでの長きにわたって世話になってきた両親であったり、家であったりするのでしょう。結婚という幸せなはずの場において対立し、その後の関係も険悪になってしまう……というのは、あまりにも寂しく、あまりにも幸せとは遠いとは思いませんか?そこでここからは、出来るだけ両家の間も取り持ちつつ、自分たちの結婚について可能な限り「幸せ」なものとすることが出来るように、幾つかのことについて、最低限の常識や知識を紹介していきたいと思います。親にとってはいつか子供が、若者にとってはいつか自分たちが通過することのあるかもしれない儀式である結婚、そこで失敗しないために、是非参考にしていただければ幸いです。
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